23『一日目の夜』 夜にあるものは闇。 身動きのしづらい闇は疲れた者達を休息させる。 動く者達の休息は静寂を呼び、その静寂は夜を好む者達によっては破られない。 夜を好む者達は音なく動き、昼を好み、夜を休む者達の物語をも動かして行く。 そうして夜には、全ての物語が密かに動いて行く。 この修羅場の中で男女が仲良く、夕食をとっている。そしてそれを覗く者が一人いた。 イナス=カラフである。 あれからずっと大会の中の戦場を駆け回り、“滅びの魔力”を持っている人間を探していたが、暗くなって夕食をとろうとしたところで、突然轟音が鳴り地響きが起こった。 彼はすぐさま、たまたま近くに在った物見台に登り、《遠視》を使ってその轟音と地響きの源を探した。 それは一組の男女で、派手に闘っているように見えたが、少し見続けていると男の方はただ逃げ回っているようだ。そして彼はその男に見覚えがあった。 (確か昨日ジルヴァルトが生かした小僧だな) 女は大して動きもせず、彼女から出ている光の触手を操ってただひたすら男を攻撃しているようだ。しかしなんという派手さだろう。あれだけの光の触手は出すだけでも相当な魔力が必要だろうに。 その内に、男の方が触手に囲まれ絶体絶命となった。見ている限り、この男もまあよく逃げたものだと思う。 勝負が決まったかと思いきや、光の触手が全て粉々に砕け散り、結果相手の男は生き残ってしまった。 そして女は、魔力の制御に力を使い果たしたらしく、ガクリと膝をつき、その彼女にとどめを刺そうとしたのか、男は怪我で傷んだ身体を引きずって彼女に近付き…… そして今、彼等は仲良く食事をとっている。 イナスは始め、この展開が全く理解できなかった。 しかし少し考えて解った。つまりこの二人は知り合いだった。しかし何らかの間違いで戦闘が始まってしまい、彼女は発動させた魔力を制御して沈めるのに手こずってしまった。そしてそれがなんとか上手くいった。 最後に上手くいったのは、彼にとって何ら問題ではなかった。 彼にとって最も興味深い事は、あの女が魔力の制御に手こずった、という事実である。 (そしてあの娘の光の触手の量、あれは膨大な魔力を消費しているだろう) 彼は更に食事をしている女の手、足、首を見た。そのどれにも、奇妙な紋様をした、輪がつけられている。 (あれは魔導研究所の最新の魔封アクセサリー……) それらの情報を全て統合して考えた時、イナスはにやり、と笑みを浮かべた。 「見つけた……“滅びの魔力”……!」 ***************************** 二人で食事をとり、フィラレスを寝かせた後、リクは綿を詰めて荷物の中に入れていた“呼び鐘”を鳴らしてコーダを呼んだ。 さすが便利屋と言うべきか、それから十五分と待たせずにコーダがリクの前に現れた。 リクは取り敢えず現在の大会の状況を聞いた。 するとコーダは、この一日で参加者の数は五分の一に減った事から報告を始めた。 「まあ、この五分の四のほとんどは自分の力を過信した身の程知らずなんスけど、何とこの中に優勝候補だった奴の内二人が入ってるんスよん。誰だと思いやス?」 「……シノン=タークスは知ってる。もう一人は?」 「この大会の大本命、デュラス=アーサーっス」 「へえ、大本命が一日目で負けるモンなのか?」 「時々ありやスけどそれは、一日目から優勝候補同士が当たったからスよ」 「と、いう事は大物じゃない奴がやった、という事だ」 「ええ、一応三大勢力の一つには属している奴っスけどね。カーエス=ルジュリスって奴ス。確か兄さん御存じでやしたね?」 「ああ。へえ、アイツがねぇ」 リクは素直に感嘆の声を漏らした。一昨日と昨日。そして今日の昼、シノンとジルヴァルトの一戦を見る前に一度ずつ会っているが、そんなに強そうな感じはしなかった。 一体どんな闘いだったのだろう、と考えている内に、コーダは報告の続きを始めた。 「ところがシノン=タークスは吃驚でやスよ。どこにも属してないフリーの魔導士にやられちまったってんでやんスから。ああ、そういや知ってたんでやしたね。人から聞いたんスか?」 「いや、見てた。……シノン=タークスはその後どうなったんだ?」 「亡くなりやした。急所からは外れてやしたが、あまりに傷が深く、治療班が駆け付けた時には手後れだったようで……」 「そうか……」 リクはため息をつくと、コーダに懺悔でもするように全てを話した。 自分がシノンの相手の魔導士・ジルヴァルトを知っている事。大会前に一度彼に殺されかけている事、ジルヴァルトの闘いを見た後に逃げ出してしまった事。 そして、リクは“呼び鐘”を取り出してコーダに差し出した。 「お前は俺を気に入っているから便利屋をやってくれているんだったな。あいにく俺はこんなに弱い男だ、お前に気に入られる器じゃなかった」 リクは、自分のあの逃亡は折角自分に期待してくれたコーダに大して申し訳のない裏切りだと思っていた。そしてコーダのリクに対する期待の証であるこの鐘をコーダに返す事にしたのだ。 コーダはその手を鐘に伸ばしたかと思うと、リクのチャイムを持つ手を掴み、掌を返して、その上に改めて鐘を乗せて握らせた。 そして強い調子で言った。 「それは違いやスよ!」 「え?」 「俺は兄さんに完璧を求めていやせん。時には負けたっていいんス。逃げたっていいんス。それに、まだその腕輪をしてるって事は、まだ完全に負けを認めた訳じゃないって事ッスよね?」 「あ、ああ」 「なら、俺が兄さんの便利屋を止める理由は何もないス。最後に勝てばいいんスよ」 最後に勝てば良い。 そのコーダの言葉は、リクが改めて決意を持った裏に持っていた、逃亡に対する罪悪感を全て吹き飛ばした。 (そうか……、俺はまだ間に合うんだな) 「ああ、そうだよな」 リクは力強く頷くと、コーダに笑いかけて見せる。 するとコーダも、笑い返し、ぐっと、親指を立てた握り拳をリクに突き出してみせた。 「よし、それでこそ俺の気に入った兄さんス。俺に出来る事なら何でもやらせてもらいやスよ」 「じゃ、早速頼む。人探しと、情報収集だ」 「なんスか?」 聞き返されたリクは、ちらりと眠っているフィラレスに目をやって言った。 「情報収集は、そこに寝ているフィラレス=ルクマースについてだ」 「さっきから気になってたんスけど何かあったんスか?」 リクは少しでも情報収集しやすいようにと、事細かにフィラレスの魔力について説明した。 「……と言う訳だ。大会とはあまり関係ないが、また暴走したら今度も無事でいられる保証はねーからな」 「勝ったのに腕輪を取らなかったんスか?」 不思議そうに聞いてくるコーダに、リクは頷いて答えた。 「お互い納得して闘った訳じゃねーからな。……でもいつかはやらなきゃな」 「……そもそもこの娘、何の為に大会出て来てるんス? 人を傷付けたくないならこんなとこに来なきゃ良いのに」 言われてみれば確かにそうだ。人を傷つけるのがいやなら、ここにこなければ平穏な環境にいられたはずである。 しかしフィラレスは、それが分からないほど頭の悪い人間にも思えない。 「さあな。何か事情があるんだろ。 後は人探しだが、フィラレスの事を聞きたいので、“冷炎の魔女”マーシア=ミスターシャ、もしくはカルク=ジーマン。 次に残った優勝候補のクリン=クラン、もしくはカーエス=ルジュリス。 それにシノン=タークスを殺したジルヴァルト。その仲間らしいイナスとハークーンって奴も一応探してくれ。何か変な事を企んでるらしいからな。 このリストで一つでも片付いたら、その都度俺に報告しに来てくれ」 「それだけっスか?」 リクの言った人物名をメモに書き込んだコーダに聞き返されて、リクは思い出したように手を打った。 「そうだ、カンファータ勢の中で唯一生き残ってる女がいるだろ? 名前は知らねーけど、そいつも探しといてくれ」 「その名前も知らない人になんか用があるんスか?」と、奇妙なリクエストにコーダが眉を潜める。 「ちょいと自分に釘を刺しておこうと思ってな。もう二度と敵に背中を見せないように」 頷きながらそう言うリクには少し自嘲も混じった意味深長な笑みが浮かんでいた。 |
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